港へ

5月1日

今日は、新島出発の日である。
待ち合わせは、6:30、竹芝桟橋。

僕は、荷物を半分持ってもらうために、メンバーのSUNちゃんのところに先に行ったが、 彼女の方も結構な荷物を持っていて、結局、僕がほとんど持つことになった。

港近くの駅(浜松町)に着くと、そこから港までは歩かなくてはならない、 港に向かう途中、同じくメンバーのミザリー会ったので、
今回、彼女は大物の荷物(テントやタープ)がないので、港に着いたら小物だけでも 持ってもらおうと思っていたが、見ると手に大きなバッグを持っている。
聞くと1升瓶が入っているらしい、酒ならしょうがないと諦める。

港に着くと、まだだれも来てないようだった。
荷物をおろしてベンチに座り、さっそく買い出し、ジャンケンで行く人を決める。

”ジャンケン ポン!”

負けたのは、僕とSUNちゃんだった、ついでに、簡単な夕食も頼まれた。

さっそく買い出しに行く、場所は港を出て少し行ったところに、コンビニと酒屋がある。
そこで、サンドイッチやおにぎり、ビールなどを買い込んだ。
港に戻ると、同じくメンバーのみきちゃんが来ていた。
しかし、ビールは3本しかない、仕方がないので、3本でてきとうに回して飲んだ。

これで、今回の先発メンバーがそろったことになる。
私達は先に行って、いい番号の乗船名簿を取るために早く来たのである。
どんなに早くに予約を入れても、当日、早く行かなくてはいい番号の名簿は取れないのである。 ここでふと気付く、だれが予約番号覚えてるの? 結局だれも覚えてこなかった。
仕方なく、SUNちゃんが、受付に行って事情を話す。 「予約番号を持った人が遅れそうなんですが」
予約をした人は後発隊だが、遅れて来るのは事実である。

なんとか、乗船名簿に変えられた。番号は2番だった。 10時発の船なのに6:30に来て2番、1番の人はいったい何時から来ているのだろう。

港で宴? 乗船名簿の番号が分かると、その番号の立て札の前に並ぶのだがまだ出てない。 その立て札が出るのが、乗船の30分ぐらい前にならなくては出ないのである。 だから、ふつうは立て札が出されると、どこからともなく人が現れて、その後ろに並んで行く、 名簿番号が同じなら、後は早いもの順である。

しかし、ここはトンデモ、去年並んだ場所、立て札がまとめておいてある場所等か 計算してその場所に移動する。

そこで、ビールもなくなったことだし、 二回目の買い出しをするためにまたジャンケンで行く人を決める。

”ジャンケン ポン!”

また、私とSUNちゃんが負けてしまった。
今度はつまみになる。塩辛や乾きものも買って帰ってきた。
すでに、その場所にはシートが引かれて、宴会チックになっていた。

しかも、気付くと、後ろと横には、長い行列が出来上がっていた。
僕らがここにいるのを見て並んだかは知らないが、もし、違っていたらどうしよう・・・。
しばらくすると、後発隊メンバー佐々木さん登場。
これで、今回、新島雪辱戦参加者の1人を除いて全員そろったことになる。

最後のメンバーは仕事が忙しいのか、それとも他に理由があるのか?
私の携帯が鳴った。相手は、遅れているちよさんからである。
そして、私達が待っている場所を知らせた。

立て札が並べれらた。
僕らが待っていた場所は1番の場所のようだ、さり気なく横に移動する。 なんとか2番の中のグループで3番目ぐらいに並べたようだ、 それにしても1番がこんなにいるなんて先が思い遣られる。 しばらくしてちよさん登場。
まだ、乗船までは20分ぐらいあるので、最後の買い出しに向かった。

買い出しから戻ってきてちょっとすると、乗船が開始される。 まずは、団体や指定の人から乗船して行く。
その後に、1番から順に乗船して行く、さっきも書いたが、1番の人間が多いこと 1番の乗船が終わると、2番の人の乗船が始まる。

階段を登って行きエスカレーターを上がるとそこにゲートがあって 乗船名簿を1人づつ渡して行く、船に入ると、ちょっとしたバトル(場取る?) が繰り広げられる。

いわゆる陣取り合戦である。僕らが乗る2等は場所が決まっているわけではないので 速く行って、場所を確保しなくてはならない。 僕らはなんとか人数分の場所を確保することができた。

これに失敗すると、廊下や階段、へたをすると外で寝なくてはならなくなる。 私も昔、靴が散らばっている。廊下で体育座りで寝たこともある。

場所が確保できたら、さっそくみんなでシュラフを広げその上で宴会が始まる。 みんなが持ち寄った、酒が次々に出された。
しばらく、それは続いたが、私は途中でほとんどダウンしていた。

雨とともに

5月2日

新島港 途中、大島、利島と船は停まり、そのたびに起されたが、それ意外はほとんど起きなかった。

船はもうすぐ新島に到着します。というアナウンスがあり、ボチボチ方付けを始まる。 ある程度片付くと、みな、船旅の疲れか、昨晩の宴会の疲れか、だらだらとしていた。

すると、コンテナの積み降ろし作業があるので、まもなく、ゲートを閉めさせていただきます。 というアナウンスが入る、おいおい聞いてないよと、あわてて、荷物をまとめて甲板に向かった。 すると、まだ、外に出れずに並んでいる人がいるじゃないですか、おどかしやがって。

船を降りて、荷物の締めなおし等をしていると、警備の人から速く出て下さいと言われた。
港を出るところに、ゲートが合って、そこに妙に声のでかいお兄さんがいて、何を言っているのか 分からなかったが、チケットと言ってるらしい、どうりで船の出口でチケットの回収をしなかったと 思ったらここでやってたのね。

港をでて、これからどうしようと言うことになった。ここからキャンプ場まで結構な距離がある。
佐々木さんは観光協会に登録に、ちよさんはビールを買いがてら港のお店に入って行った。 ちょっとして、嬉しそうに戻ってきたので、どうしたのかと思ったら、 どうもお店の人が車をかしてくれるらしい。

車は軽トラ、運転手はお店のお兄さんなので、ちよさんと佐々木さんが先に、荷物を積んで キャンプ場に向かって行った。

その間残りのメンバーは、お店の人にさあ食え、さあ食え!
店の前にある七輪に魚の干し物なんかを焼いてくれた、その他にも、いろんなつまみが出てきた。 私達は、ビールを買って(これは買った)七輪の上の魚ををつまみにした。 なんて、人のいいお店なんだ、ほんとに儲かってるのかと思う。

そうこうしているとまた車が戻ってきた。今度は私達が乗り込んで、もう1回送ってもらう。
キャンプ場に着くと、そのまま、自転車を借りてきた方がいいのではというので、 申し訳ないがそのまま、佐々木さんも一緒に乗り込んで、レンタルサイクルのお店に つれて行ってもらうことになった。

レンタル自転車 お店に着いて、店のおばちゃんに話す、すると、最初に聞いていた値段と違うではないか 二日で、この値段と聞いていたのに、店のおばさんはその倍の値段を提示してきた。

そこへ、Uターンをしてきた。車を貸してくれた店のお兄さんが、キャンプ場の場所分かる? と声をかけてくれた。そこで、私達がもめているのをみて、店のおばちゃんに話をつけてくれた。 最初からそういうふうに話が着いているはずだったのに、ぼろうとしやがって。

自転車をかりて、キャンプ場に戻る、ちょっと迷いそうになったが、なんとか戻ることができた。

キャンプ場に着いたら、さっそく、テントやタープの設営。
右の写真のテントは、今回、僕が新調したテントである。たたんでもちょっとでかいが テントの前後に土間のようなスペースがあって便利である。

設営1 設営2

ここ新島は、キャンプ自体は無料で自由である。
もちろん、モラルの範囲であるが。 まず、テントを張る場所をきめて、その場所の小石を拾っておく、 石が突起のように出っ張っている場合は、ハンマーでたたいて取り除く、 そういう出っ張りがあるとテントを張って、夜寝る時に背中に当って寝にくいのである。 テントを張る場合まず、できるだけそういった突起物がない平らな場所を見つけるのだが、 ここはどこもたいして変わらず、その中でも比較的平らな場所を選んだ。

次にタープを張る。今回のように、いつ雨が降ってもおかしくない天気の時や、日射しが強い時などは タープを張っておくと、便利である。
その下で料理をすれば、雨にも濡れないし、日射しが強い時は日除けにもなるし、 日陰になるので多少涼しい。
しかし、やっぱり、ただではすまない新島、海の近くということもあるが、大変風が強い、 一応広げては見たが、余りに風が強さに諦める。

昼飯1 設営が終わると飯の準備、時間からして昼飯になるのかな?
メニューはタコライス、それと、メンバーの1人が持ってきた餃子だった。

タコライスはまず、御飯を炊いておく
次にレタスを洗って、細かく千切りにしておく、
次にトマトとチーズなんかも細かく刻んでおく
次に挽肉を炒めて、タコスパイスミックスを加える
後は、御飯をお皿に盛って、炒めた挽肉レタス、トマト、そして刻んだチーズをまぶす。
最後にお好みでタコソースをかけて食べる。タバスコなんかをかけてもうまい!

餃子は焼き餃子にしようとしたが、どうしてもくっ付いてしまうので、お湯を入れて ゆで餃子にしてしまった。

ビールを飲みつつ”いただきます”、うん、なかなかうまいではないか。

昼飯終了

これが今回のテントサイト。といっても去年とだいたい同じ場所ではあるが・・・。
昼飯片付け 食事が終わるとさっそく後片付け、ここは近くに水場もある。
それに、トイレも近くにあってたいへん便利である。

舗装道路の近くなのに、先が行き止まりからなのか、ほとんど車が通らないので、便利で静か しかし、海にも近いので、景色はいいが、風が強いのが難点である、もちろん、そんなことで へこたれるような、トンデモメンバーではない。
でもいくらトンデモでもテントを飛ばされてしまってはどうしようもないが(去年の記事参照)

風景:崖の上から 右の写真は、崖の上から撮ったものだが、これから、みんなで崖の下の浜に降りてみることになった。



私を含む3名はその崖直を接降りて行った。ちょっと危険ではあるが、出来ないことはない。
しかし、この辺には茎にトゲを持った植物が生えているので気を付けなくてはならない。
残る3人はちょっと遠回りだが、坂がある方から降りてきた。

Gメン

波はちょっと高めだったが、向こうの方で外国の方が泳いでいた。
僕達も試しに足を浸けてみたが、とても冷たくて泳げそうもなかった。
ここの砂浜は小さな丸砂利で出来ていて、みな、そこに腰をおろした。 砂浜のように、体が砂々にならないのでいい

昼寝タイム みな、しばらくビールを飲んで話したり、波と遊んだりしていたが、 いつの間にか寝てしまった。

私は砂利を山にして、まくらを作ってそこに寝転がった。
しばらく本を読んだりしていたが、私も途中で寝てしまったらしい。



目が覚めたのは、それから1時間ほどしてからだろうか、寝た時は暖かくて裸で寝ていたが、 起きた時は肌寒かった。

風景:崖が見える浜 分かるだろうか?左に見える崖が、先ほど下ってきた崖である、写真で見るよりも急である。

私とSUNちゃんは薪拾い、あとは買い出しと、食事の準備と作業を分担した。
ちよさんは、浜に打ち上げられた角材をひきずって登って行った。

さっそく薪拾い、遠くの方まで歩いて行く、写真の左側に見える赤い箱、何だと思ったら 冷蔵庫だった。更に先に行く、直径30センチ以上はあろうかという巨大な丸太が落ちていたが 1メートルほど動かしてあきらめた。

しばらく海岸を歩き回り、集めた薪をロープでまとめて担ぎ上げた。 ただでさえ、厳しい坂なのに、薪の束を担いで上がるのはかなりしんどかった。

上まで担ぎ上げると、今度は薪割り大会、ナタとノコギリで大きな薪を小さくしていく。 気付くとみきちゃんが、十得ナイフのノコギリで薪切りをしていた。 十得ナイフに着いているノコギリでも切れることを証明、けっこいうばかに出来ない。

買い出し組も帰ってきて、薪の準備も出来、さっそく夕食の準備が始まった。

今回、私が一度アウトドアでやってみたかったことがあった。それは、たこやき。
そのために、わざわざ、たこやき用の鉄板をふねにも担いで持って来たのである。 たこやき用に小麦粉も持ってきていたので、お好み焼きも作ろうということになった。

雲行き怪し しだいに、雲行きが怪しくなる。
雲はだんだんと下がってきて、今まで見えていた山を半分ほど覆ってしまった。

雨もぱらつき初めてきたので、みな次々に雨具を着込んで行くが、 全員が着たた頃雨はやんだ。



たこやき&お好み焼き意外には、買い出しで買ってきたあさりの酒蒸し? やポテト、トマトとバジルの料理なんかもあった。
料理は出来た順にどんどん食べて行く。

この一枚で生地が終わるお好み焼きを焼いている時に、雨はだんだんと強くなってきた。
ある程度は雨具を着込んで頑張っていたが、雨はどんどんつよくなり、 とうとう外で作業をするのには困難ほど雨脚は強くなり、仕方なくテントに避難することになった。

テントの中で 次々に食えそうなものを抱えて、テントに逃げ込む ちょっと危険だが、ランタンも持ち込み、テントの中で2次回がはじまった。 お好み焼きは、焼き上がる一歩手前って感じでしかも、冷えてしまって旨くなさそう。 でも、魚介類好きの私は、中のアサリだけむしって食べた。

メンバーからの差し入れの酒のビンがかけていた、みな恐くて飲まなかった。



夜の団欒2 時々、妙な音が山の方から聞こえたので、テントから顔を出してみる。
原因は分からなかったが、山の方にもキャンパーがいるのでおそらく、そこからだろう。
いつの間にか雨は上がっていた。

せっかくだからと外に出て、飲みなおそうということになった。 みんなで、食べかけの食材を持って、焚火のところに戻った。

さっそく火を熾しなおす。雨でぬれてしまってなかなか火が起きない なんとか火をおこすことができると、今度は湿気った木を燃やしたので 煙りが凄く、みな逃げ回りながらの団欒となった。

どのくらい話しただろうか、眠たくなったのか、次々とテントに引き上げて行く。
私もそろそろ寝ることにしよう。

明日の天気は大丈夫だろうか・・・。

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