(6)いざ、ポカラへ

12月29日(月)

また、夜行バスかよー

村を訪れていたあいだにネパールガンジ事務所スタッフに夕方4時のポカラ 行きバスの切符を予約してもらえるよう手配していたのだが、村まで片道2時間 以上かかったのと川にバイクもろともはまるという事故のため事務所に戻ってき たのが5時15分であった。 最後のポカラ行きナイトバスは6時にに出るそうだ。

時間がない。

まず、山靴を水道水で何度も洗い泥を流し出す。そのあいだにラジェンドラに 古新聞を集めてもらう。山靴の水分をタオルで拭き取り新聞紙を丸めて詰め込む。
古新聞は吸湿性に優れ防寒にも活躍するサバイバルツールだ。その利点はどこでも容易に 入手でき(もちろん程度の違いはあれ)また聖教新聞であろうとワシントン・タイムス (文鮮明が持っている新聞社が刊行)だろうがほぼ同等の効果が期待できる。
この新聞紙の詰め替えを今晩何度かやれば明日朝にはなんとか履ける状態になっていることだろう。
しかし山靴は新聞を詰めた状態にしておかなければならず、そうするとたかじろうは裸足・・・。

そこでラジェンドラ所有のサンダルをカツアゲしてバックパックを背負い山靴を振り分けにして 肩にいだいでたちでバスターミナルまで送ってもらう。

もうバスはエンジンを懸けて今にも発車しそうな雰囲気。しかも切符は4時発のものだ。
切符売り場の窓口では英語は通じずラジェンドラが交渉。 バス会社側は“この切符は無効だ、もういっぺん金払え”と言っている。 尤もな言い分なのだがラジェンドラはくいさがる。
ラジェンドラのNGO職員としてのIDが効いたのか6時発の切符に再発行してくれた。

”やりゃできるやん、ラジェンドラーっ”と日本語で叫び本日いちばんの の功労に敬意を表しサワサワとバスに乗り込んだ。
昨晩カトマンズからこの街へやってきたときと同様オンボロボンネットバスは定刻15分過ぎ、 “ビヤーン、ビューッ”いうらくだの寝言のような警笛を鳴らしてヨタヨタと夕闇迫る街道筋に這い出ていった。

あわてて乗り込んだので食料を買い込む余裕もなかったが飲み水は1リットル瓶で3/4ほど残っている。
休憩も数回あるはずだから大丈夫だ。なにしろたかじろうは昨日カトマンズからネパールガンジへ 13時間の過酷なナイトバスを経験しているのだ。
“ふふん、昨日までおれとはちょっと違うぜぇっ!”日本語で呟きひとりほくそえんでいた。
しかしそれは似非ネパリ(ネパール人)のはかない奢りであることにたかじろうはこれっぽっちも気づいていない。

またいつものように外国人旅行者は他になし。
決して暖かい車内ではなかったが1日バイクを乗り回した疲れがどっとでてしまいすぐに寝入ってしまった様だった。

“うっつ・・・、この強烈な衝撃はなんだっつ!”
まだ寝ぼけているのと車内が暗いため何がなんだかよく分からない。
慌てて耳栓をはずす。例によって車内BGMサービスのヒンドゥー歌が耳に捻じ込まれ頭痛さえ感じる。
まるでバールのようなもので脳天に一撃食らったかのようだ。 ここまで考えるのに0.2秒。 果して、たかじろうをまどろみからうつつへ強烈に引き戻したものは何であったのか!その瞬間
“うわあっつ、こ・・こんどはケツだ”
またあの衝撃!事態が飲み込めたのはさらに0.3秒が経過していた(はず)。

そうだ、カトマンズからネパールガンジまではツーリスト路線でこそないものの 主要幹線道路であることには間違いはないのだ。
従ってまがりなりにも舗装らしき造作は施されていた。
しかしもう1ランク(いやそれ以上)重要度の落ちるこの路線は峠越えをせねばならない 難所でもあり舗装されていなくとも当然な区間が続々でてくる。
しかしこのバンピー・トレイルは尋常ではない。バスのへたり こんだサスペンションとくたびれた座席クッションの織り成す絶妙のハーモニー、 この筆舌し難い状況を伝えるすべもなく、次の一撃がまた脳天直撃を食らった。
なんのことはない、あのバールのようなものとは天井直下に設えられてある荷棚なのであった。

しかし原因が判明したのと痛みは別物で、こればかりはどうしようもない。
やっと正気に返った、寒い、乗客の吐く息が白い。たかじろうは薄暗 い車内を見回す。確かにバンピーでがたがた跳ねるのだがたかじろうのように 上下左右前うしろと文字どおり縦横無尽に跳ね回るやつはいない。もしや16点式 シートベルトでもついているのではと座席を探るがそんなものはない。
はずみで隣のおやじの膝に手が触れるやそのおやじたかじろうの手を握ったまま放さない。思わず固まるたかじろう。
おやじの膝で握られたたかじろうの左手がだんだん膝から這い上がる。 “やめてくれえ”跳ね回りながら何とか立ち上がりザックからシュラフカバーを取出し 足の先から頭の先まですっぽり覆い顔だけ出した、いわゆる“ねずみおとこ”状態となった。
ややっ!急に車内が静かになった。どうやら舗装道になったようだ。安堵の吐息 とともにたかじろうはまたまどろみ始め、意識も闇の中奥深く溶けていった。
(その晩、さらに3度繰り返し)

(7)山へ
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