ガラパゴスへの旅

帰国・・・

飛行機が飛び立ってまもなく日が変わり17日になった。
17日:日付変更線を通過する。ここで着た時に1日得した分がチャラになってしまう。

機内では、まだ日本では公開していない映画が上映している(もちろん英語なので何を言っているのか さっぱり分からず)。

18日:12時間のフライトをえて、ようやく帰ってきた。

おみやげ こんなに長期で休んでしかもこんなに長期で旅行をしたことが無かったので、 社会復帰できるか、とても不安だ。

これが今回買ってきたお土産のすべてである。
こうみると結構な量であり、しかもバラエティに富んでいると思う。

まだ、誰に何をあげるか決めていない。それは後で考えることにして、 今日は寝ようと思う。

また行くことができるだろうか、遠過ぎるというのもそうだが、なによりも高すぎる。
新婚旅行という心が大きくなっているときでないと行けない気がする。


でもいつか、また絶対に行きたい場所だ。それまで、ロンサムジョージは生きているだろうか? いつまでも変わらない自然はそのまま残っているだろうか?
もし、いけないにしても、あの自然は永遠に残しておきたいと思った。

最後に、旅行から帰ってから、これを書き上げるまで一年以上経ってしまいました。 島内の情景やその他の情報について時間軸上前後してしまっている個所があるかも知れません。 ご了承願います。

追伸−その後・・・

クレーム
日本に帰ってきた後、あのキトでの現地の旅行会社について、 日本の旅行会社(フリーウエイツーリスト)にクレームを入れた。
すると、現地の文化の違いなので仕方がないというようなことを言われてしまった。
ついでに、高すぎるチップについて訊ねてみると、お客さんは新婚旅行用の高級プランで 一流のホテルやスタッフが対応しているから、それも仕方がないという。だったら、一流 らしいサービスをしてくれっていいたいが、それを思ったのは電話を切った後だった。
一流のスタッフが、治安の悪い町に今晩泊る宿も無い状態の二人をほおって帰ってしまうだろうか? とても疑問だ。

絵葉書
日本に帰って数週間たったころ、知らない方から封書が届いた。
一応、宛先は私の所になっている。
おそるおそるあけてみると、そこから見覚えのある絵葉書が一枚に便箋が一枚出てきた。
読むと、僕らの後にガラパゴスに行った方からだった。 そう、僕らがポストオフィス・ベイでポストに投函したあの絵葉書だったのだ。

驚きと嬉しさがこみ上げてきたのと同時に残念な気持ちも少しあった。
出来れば、忘れた頃に絵葉書が届いて、そういえば新婚旅行でガラパゴスに行ったなー なんて思い出に浸れればいいなと思ったからだ。

タンカー問題
これも僕らが日本に帰ってきた後の事件だが、ガラパゴス諸島の沖合いで原油のタンカーが 座礁して海に原油が大量に流れ出た事件があった。
動物達が、原油にまみれて真っ黒になってしまった映像がニュースで何度も流された。
あれからどうなったのか、今、はどうなっているのだろうか。とても気になる。

あれから一年がたった・・・
先日(1月27日)とある番組がガラパゴスの自然保護についての特集をやっていた。 その中で、ガラパゴスの漁師達が反乱をおこしたという話が出てきた。
自然保護の問題からガラパゴスでのロブスターの漁獲高を制限したところ、あっという間に その量に達してしまい、ロブスター漁が禁止になった。
しかし、まだ漁をしていない人が大量に出てしまい、その人たちが反乱を起こしたのだ。
漁師の数から割り出した漁獲高だが、その時期になると、 なぜか漁師の数が倍ぐらいになるという。
日付をみると、ちょうど僕らそこにいた時だった。自然保護事務所?が襲われたという。
ダーウィン研究所のことだろか?となると、僕らが泊っていたホテルのすぐ脇と言うことになる。
そう考えると、ちょっと怖い。
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